こだわりのウェブ会議

S氏はこの年、史上最年少の三十一歳で株式を店頭公開し、アスキーのN氏が作った三十三歳という記録を七年ぶりに更新したのである。
S氏はアメリカの経済誌「フォ−ブス」で「世界第五位の資産家」と紹介され、同社の株式時価総額は二000年には七兆四千四百億円という天文学的な数字になっていた。 ところがHはその後、携帯電話の販売方法の問題などが浮上したうえ、ネットバブルの崩壊もあって、急激に業績が悪化してしまう。
二OOO年後半ともなると雑誌に紹介される機会も減り、あっという聞に表舞台から姿を消してしまった。 巨額の債務を抱え、大展開していた「HITSHOP」を減らし、ネットベンチャー企業に対する投資ビジネスも規模を縮小させなければならなくなってしまったのである。
もっともHは、その後奇跡的な復活を遂げた。 携帯電話の販売以前からビジネスにしていたコピ−機のリ−ス・販売や保険の販売などに経営資源を集中させ、一気に巻き返しを図ったのである。
この戦略が功を奏して業績は急激に復活し、二千億円以上もあった借金は二OO四年にはほぼゼロになっている。 この驚くべきアップダウンは、いったいどういうことだろう。
一世を風麗していたころは、雑誌の見出しにも「変化対応型スピード経営を実践する若き経営者」「史上最年少で株式を店頭公開」「世界最速で稼ぐ男」とHの経営を称賛することばがあふれでいた。 ところがマスコミというのは恐ろしい世界で、いったん業績が悪化したり評価が下がると、手のひらを返したように悪口を書き立てるようになる。
Hも、そうとうに悪口を書かれた。 それでもHの場合は、劇的に復活できたから良かった。
しかし業績が下がってしまったまま、二度とはい上がれなかったというケ−スは、いくらでもある。 そうした企業も一度は「素晴らしいビジネスモデル」「時代に適合した先進的な経営」などと褒め称えられていた時期もあったはずなのに、いったい何がダメだったのだろう。

それは、そうした会社が本当の人材をきちんと育てていなかったからなのである。 人材が育っていなかったから、永続的な成功を実現することができなかったのだ。
会社が瞬間的に輝くのは、実はそれほど難しいことではない。 秀逸なビジネスモデルや徹底的な営業力があり、経営者が優秀な人だったら、一度は表舞台に出ることができる。
そんなふうにして瞬間的に輝いている会社というのは、たくさん存在している。 しかし、そうした成功を継続させなければ、本当の成功とは言えない。
せめて五年、できれば十年という長いスパンで成功し続けてこそ、本当の「成功した企業」と呼べる。 逆に、そんなふうに五年、十年と成功し続けている会社をもう一度じっくり見てみよう。
そうした会社の経営者は、もちろん優秀な人が多い。 だが社長が優秀なだけでは、会社は長続きしない。
そうした成功している会社は、社長の下に優秀な経営チ−ムが存在し、能力をフルに駆使して事業を遂行し、会社を支えているケ−スが圧倒的に多い。 ここで「経営チ−ム」という言葉を使った。

これは経営者ではなく、経営者の下にいて経営の現場を支えている人たちのことを指す。 具体的には取締役や執行役員、事業部長などのポストにいる人たちのことである。
経営チ−ムが実は会社を支えているという事実は、自社の話で恐縮だが、私の元勤務先であるRを見てみてもよくわかる。 Rは不況の中でも高水準の利益を毎年のように上げ続け、積極的なメディア戦略も打ち出している。
二OO四年三月期の決算では経常利益が前年比二ハ・五%増の千百十四億円になるなど、順調に成長を続けている。 就職志望の学生たちからも絶大な人気があり、成功企業だと考えられている。
だがそんなRにも、かつては危機的な時期もあった。 一九八九年にR事件が起きて、会社の創業者だったE元会長は退任。
おまけにバブル崩壊のあおりも受けて、一時は借金が一兆四千億円にまでなってしまったのだ。 銀行はどこも本気で「Rは間もなく潰れる」と考えていた。
あわててRからの債権回収に走った金融機関もあったほどだった。 しかしRは潰れなかった。
事件後も新たな事業をどんどんスタートさせて収益を増やし、高収益企業へと脱皮することができたのである。 この事実は、Rにおいては、E元会長だけが飛び抜けて優秀であったわけではないことの、何よりの証明となっていよう。

もしE元会長ひとりが優秀で、他にはボンクラな経営メンバーしかいなかったら、RはE元会長が退陣した後にすぐ潰れてしまっていたはずなのである。 そうならなかったのは、E元会長がきちんと人材を育てていたからだった。
彼らが元会長の退陣後には会社を支え、自分の責任と能力で新事業を遂行し、会社に利益をもたらし続けたのである。 もちろんE浩正という傑出した経営者のDNAは、Rという会社が成長していくうえでは非常に大事だった。
でもそのDNAを記憶し、実行に移したのはE元会長本人ではなく、それを支えた経営チ−ムの人たち(H経営メンバー)だったのだ。 これは、先ほど紹介したHにも言えることだろう。
HもSという天才経営者が、たったひとりの力で経営を立て直したのではない。 Hの中にいた優秀な経営メンバーが知恵を絞り、能力を発揮して、業態変更によって業績を再浮上させたのである。
もしS会長がひとりで作り上げただけの会社だったら、Hは今のような復活は遂げていなかったはずだ。 「採用力」「人材力」の結実が経営チ−ムを作りだし、社内に配置するのは、経営者の役目である。
優秀な経営者は、現場を固められるだけの優秀な人材を見つけてきて経営チ−ムに配置し、そして自分が社外活動に昇進したり、じっくり考える時間を作るために会社の外に出ていても、問題なく会社が動いていくように体制作りを行っている。 ダメな経営者は、その反対だ。
自分が何でもコントロールして目配りしないと心配だとばかり、ずっと社内に張り付いて現場に介入し、社員を監視してばかりいる。 いつも席に座っているようなこんな経営者の会社では、まともな人材は育たない。
ビジネスモデルや営業力があればこんな会社でも一瞬は輝くかも知れないが、長続きはしないだろう。 経営者と会社の関係性から分析してみると、会社には三つのパターンがある。

経営者が常に現場にいて、マネジメントも自分ですべてコントロールしようとしている会社経営者がいつも外に出ていて、おかげで社内の現場は何をどうして良いのかわらない。 機能が停止してしまっている会社経曽者がいつも外に出ていて、それでも元気で成功し続けている会社もっとも理想的なパターンである。
でも中には、「自分が外に出ることで社員に自立心を育ててもらおう」と張り切るあまり、のパターンに陥ってしまっている会社もあるから、注意が必要だ。 たとえば私が以前見聞きしたあるサービス関連の会社は、社長が「私はこれから会社の環境を作ることに遁進したい。
在外活動も行いたい」と宣言して、既存の事業と新規事業にそれぞれ会社のナンバー2、ナンバー3を配置し、自分は会長職に退いた。 ところが予想に反して、売上はあっという聞に減ってしまった。
なぜか。 答は簡単だ。
その会社のナンバー2とナンバー3が、まだ経営メンバーとして力を発揮できるまでに育っていなかったからである。

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